養育費の不払いとその確保について考える
わが国の養育費に対する実情
わが国では、離婚した母が子どもを養育することが多く、母が正規社員で十分な賃金を得ていれば子どもの養育に困難はありません。
しかしほとんどの場合、それ程の収入がなく、公的補助が少ない現状では父からの養育費の支払いが子どもの生活にとって大切なものになります。
わが国では、年間所得が200万円未満の母子世帯が64パーセントにも達しており、多くの母子世帯が生活保護水準以下で生活しています。
仮に、生活保護を受給したとしても、父から母に養育費が支払われると、生活保護法上では、それが収入として認定され、生活保護費が減額されることになります。
離婚すると、その次に直面するのが貧困という問題ですが、離婚した父は、子どもを養育している母に対して、一定額の養育費を送金する義務がありますが、わが国では離婚に際し、養育費の取り決めをしない父母が60パーセントもあるということです。
そして、取り決めをしても、途中から養育費の支払いをしなくなる父が多く、困っている母と子どもが多数います。
父が養育費を支払わない場合、どのようにしたら父から養育費をもらうことができるのでしょうか。
協議離婚の場合、養育費の支払いについて、公正証書を作成しておかないと、強制執行ができませんので、万が一の不払いのことを考え、各地にある公証人役場で公正証書にしておく必要があります。
履行勧告制度と履行命令制度
それでは、家庭裁判所で調停や審判で養育費の支払いが決められ、父が支払わなくなった場合、母は家庭裁判所にどのようなことを申立てたらよいのでしょうか。
家庭裁判所では、養育費の支払い確保のために、履行勧告制度(家事事件手続法289条)、履行命令制度(家事事件手続法290条)を用意しています。
履行勧告制度は、母の申立てにより養育費の支払いを怠っている父に対して、調停や審判をした家庭裁判所に所属する家庭裁判所調査官が父に対して養育費を支払うよう勧告してくれる制度です。
申立ては、書面、口頭、電話のいずれの方法によっても可能です。
この申立てに対する手数料はありません。
しかし、この制度は、あくまでも勧告であり、父がこの勧告に従い、自ら進んで養育費を支払わなければ強制力はありません。
これに対し、履行命令制度がありますが、これは、父が家庭裁判所の調停や審判で決められた養育費の支払いをしない場合に、母の申立てにより、その支払いを命じる制度です。
履行勧告制度と違って強制力があるため、父がこの命令に従わない場合には、10万円以下の過料に処せられることになります。
しかし、父に養育費の支払能力がない場合には、履行命令が出されない場合があり、仮にこの命令に父が従わない場合でも、10万円の過料の支払いを命じられるだけで直接的に養育費の支払いをさせることはできません。
養育費の支払いを受けるには、調停調書や審判書、判決書によって、強制執行をしなければならず、この制度はほとんど利用されていません。
さらに、履行勧告制度、履行命令制度は、当事者間の話し合いや、公正証書によって養育費の支払いが決められた場合は利用することができませんので、現実には家庭裁判所が関与することが少ないのです。
直接強制と間接強制
それでは、以上の方法によって父が養育費を支払わなかった場合、国は何も関与しないのでしょうか。
そんなことはありません。
地方裁判所に母が強制執行の申立てをするということが認められており、これには、直接強制と間接強制の2種類あります。
直接強制
養育費について、金額、支払方法などを明示した公正証書、審判書、判決書がある場合、母が父名義の財産(給与、預金口座、不動産)を知っていれば、地方裁判所に強制執行の申立てをすることにより、その財産を差押さえることができます。
従来は、支払日が現実に到来した養育費についてしか差押さえることはできなかったのですが、2003年の民事執行法の改正後からは、まだ支払日の到来していない養育費についても差押えが可能となりました(民事執行法151条の2、1項、3号)。
但し、将来の分まで差押さえることのできる財産は、給与等の継続的給付が予定されているものであって、不動産や預金口座はその対象となっていません(民事執行法151条の2、2項)。
原則として、給与の4分の1に相当する部分までしか差押さえることはできませんが、民事執行法の改正後は原則として給与の2分の1まで差押さえることが可能になりましたので、実効性は大きくなりました。
しかし、直接的な強制執行をすると、父が職場に居づらくなり、職場を辞め、却って、養育費を支払わなくなってしまうのではないかと危惧する母がいますが、この場合、間接強制を試みることも1つの方法です。
間接強制
これは、母が申立てをした場合、地方裁判所の裁判官が、父に対し、養育費の支払いとは別に、罰則としての間接強制金を課すことを警告できる制度で、2004年の民事執行法の改正によって、養育費のような扶養に関する権利に限定し認められました(民事執行法167条の15、172条1項)。
この制度によって父に対し精神的圧迫をかけ、自ら養育費の支払いをさせるというものです。
さらに、父の収入や財産がわからない場合、母が強制執行などによって養育費全額を回収できなかったこと、もしくは、全額回収できそうにないこと、のいずれかの事情があれば、母の申立てにより、地方裁判所が父に対し財産を開示させる手続もあります。
しかし、この場合も、調停調書、和解調書、判決書が必要で、公正証書ではこの制度を利用できません。
そして、父が意図的に財産隠しをしてしまう場合には情報を得ることができないという難点があります。
いずれにしましても、わが国の養育費の確保制度は不十分で、父の使用者が給与から天引きして養育費相当分を母に直接支払うというような制度が検討されなければなりません。
私たちの事務所は、養育費の不払いの問題についても多くの経験を有していますので、是非ともお気軽にご相談下さい。