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大飯原発再稼働差止め判決と歴史的意義

弁護士 大橋昭夫

1.2014年5月21日福井地裁判決の概要

(1)原告の意見陳述にもよく耳を傾け,被告関西電力の反証もさせず,わずか1年3か月,8回の口頭弁論を経て,再稼働差止めの勝利判決が出た。

(2)差止めを認める法的根拠としての人格権

判決は,「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命,身体やその生活基盤に重大な損害を及ぼす事業に関わる組織には,その被害の大きさ,程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは,当然の社会的要請であるとともに,生存を基礎とする人格権が公法,私法を問わず,すべての法分野において,最高の価値を持つとされている以上,本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

個人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条,25条),また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって,この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが,その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき,その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」と述べている。

(3)原発に求められるべき安全性について

判決は,「原子力発電所に求められるべき安全性,信頼性は極めて高度なものでなければならず,万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。」としている。

人格権に基づく本件の差止め請求権は,生命を守り,生活を維持するという人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利である。

本件では,この根源的な権利と原発運転の利益の調整が問題になっている。

判決は,人格権と原発の運転との関係について次のように断言する。

「原子力発電所の稼働は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって,憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ,大きな自然災害や戦争以外で,この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は,その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても,すくなくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば,その差止めが認められるのは当然である。」

上記の判断は,福井判決の根幹をなすものであって,一般人の常識とも合致する。

そして,判決は次のように述べる。

「新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから,新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には,その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし,技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には,技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから,この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり,危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは,福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては,本件原発において,かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり,福島原発事故の後において,この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。」

福井判決は今までの2例を除く裁判官の行ってきた司法判断を反省し,司法が原発の安全性の判断を避け,行政判断に委ねることは,司法の責務を放棄するものだと高らかに宣言し,全国の裁判官にアッピールしている。

続いて,判決は,具体的危険性の有無を判断することは,「人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって,原子炉規制法をはじめとする行政法規のあり方,内容によって左右されるものではない。」と言い切っている。

このような見地に立つので,判決は,規制委員会の審査の結果を待たずに,それに先駆けて判断したのである。

(4)立証責任のあり方

判決は,立証責任の存在についても新たな考え方を示し,下記のとおり述べている。

「被告に原子力発電所の設備が基準に適合していることないしは適合していると判断することに相当性があることの立証をさせこれが成功した後に原告らに具体的危険性の立証責任を負わせるという手法は原子炉の設置許可ないし設置変更許可の取消訴訟ではない本件訴訟においては迂遠な手法といわざるを得ず,当裁判所はこれを採用しない。……具体的な危険性の存否を直接審理の対象とするのが相当であり,かつこれをもって足りる。」

すなわち,原発の稼働に具体的危険があるか否かを直接審理し,それについての証拠も,原告ではなく,被告が有していることから,実質的に被告が余すところなく,原発の稼働が安全であるということを立証しない限り安全でない,言葉をかえれば,危険性があるということになるもので,立証責任の転換がみられる。

(5)原発の危険性

判決は,次に,「被告は,大飯の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり,そもそも,700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する。しかし,この理論上の数値計算の正当性,正確性について論じるより,現に,……全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実を重視すべきは当然である。地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については,……地震学の限界に照らすと仮説であるアスペリティの存在を前提としてその大きさと存在位置を想定するなどして地震動を推定すること自体に無理があるのではないか,あるいはアスペリティの存在を前提とすること自体は問題がないものの,地震動を推定する複数の方式について原告らが主張するように選択の誤りがあったのではないか等の種々の議論があり得ようが,これらの問題については今後学術的に解決すべきものであって,当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。」と述べ,過去の5例によって,原発の危険性は明らかではないかという。

そして,大飯原発も例外ではないという。

又,「大飯原発の周辺において,被告の調査不足から発見できなかった活断層が関わる地震が起こりうることは否定できないはずであり,この点において被告の地震判定は信頼性に乏しい。」という。

さらに,「この地震大国日本において,基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しである。」と述べ,「基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じうるというのであれば,そこでの危険は,万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。」とした。

(6)大飯原発の現在の安全性と差止めの必要

そして,判決は,次のように結論付け,原告ら勝訴判決を言い渡した。

「国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると,本件原発に係る安全技術及び設備は,万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず,むしろ,確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ちうる脆弱なものであると認めざるを得ない。……本件原子炉及び本件使用済み核燃料プール内の使用済み核燃料の危険性は運転差止めによって直ちに消失するものではない。しかし,本件原子炉内の核燃料はその運転開始によって膨大なエネルギーを発出することになる一方,運転停止後においては時の経過に従って確実にエネルギーを失っていくのであって,時間単位の電源喪失で重大な事故に至るようなことはなくなり,破滅的な被害をもたらす可能性がある使用済み核燃料も時の経過によって崩壊熱を失っていき,また運転停止によってその増加を防ぐことができる。そうすると,本件原子炉の運転差止めは上記具体的危険性を軽減する適切で有効な手段であると認められる。

(7)みんなが共感した判決の言葉

①国富論

「被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性,コストの低減につながると主張するが,当裁判所は,極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり,その議論の当否を判断すること自体,法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと,本件原発の稼働停止によって電力供給が停止し,これに伴って人の生命,身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。

被告の主張においても,本件原発の稼働停止による不都合は電力供給の安定性,コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが,たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても,これを国富の流出や喪失というべきではなく,豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり,これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」

豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であるとする判決文を安倍内閣は心に刻まなければならない。

②CO2排出削減論

「被告は,原子力発電所の稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが,原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって,福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害,環境汚染であることに照らすと,環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。」

判決は,福島第一原発事故の恐ろしさを忘れていない。

(8)判決の結論

判決は,福島第一原発事故発生当時,原子力委員会の委員長であった近藤駿介氏が想定した最悪シナリオ,すなわち,福島第一原発事故が最悪の経過をたどり,4号機の使用済み核燃料プールの崩壊などにより,大量の放射性物質が環境中に放出された場合には250キロメートル圏内までの人々を避難させなければいけないとの意見を重視し,大飯原発から250キロメートルに居住する原告の差止め請求を認めた。

2.福井判決の歴史的意義

(1)判決文は67ページと別紙が11ページある極めてシンプルなもので,判決文も誰が読んでもわかる平易な文章を用い,市民の原発に対して有している常識的な見地から結論を出している。

(2)技術論争に陥らず,福島第一原発事故の発生を原発の危険性の最大の証拠だとし,2005年8月16日の宮城県沖地震から2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震まで5例の原発(女川原発,志賀原発,柏崎刈羽原発,福島第一原発,女川原発)に想定した地震動を超える地震が発生している事項を重視し,電力会社の主張を排斥している。

判決は,大飯原発が規定している700ガルという地震動を批判し,それ以下のガル数値でも,最重要なものとは位置づけられていない設備が壊れ,そこから過酷事故が引き起こされるかもしれないという問題提起をするなど,市民の側に立って常識的に論じている。

(3)安倍内閣の原発再稼働体制のもとでの福井判決は大変勇気のいるものであったと思われるが,この判決には「原発と人類は共存できない。」という精神が根付いており,これを大切に擁護し,さらに他の裁判所で勝訴判決を得ることによって,この判決の精神を守らなければならない。

(4)その意味で,この判決は,1地裁の判断にとどまらず,歴史的に大きな意義を有しているものである。

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